東アジアは、当社が調査した暗号資産市場で3番目に大きく、2020年7月から2021年6月の間に5,909億ドル相当の暗号資産を受け取りました。これは、同期間におけるすべての暗号資産取引の14%を占めています。調査対象地域の中では、この地域の成長が最も遅く、取引額の増加率は前年比452%増に留まりました。東アジアは、2019年7月から2020年6月には世界の取引額の31%を占め、群を抜く最大の暗号資産市場でしたが、現在はそのシェアが大幅に低下しています。
東アジアでは、この1年間、草の根レベルでの普及率も相対的に低くなっています。中国は、当社が発表した2021年世界暗号資産導入指標(2021 Global Crypto Adoption Index)で13位と東アジアで最高位に位置していますが、主にP2P取引量の減少により、前年の4位から後退しています。次いで草の根レベルでの普及率が高いのは香港(39位)で、その後に韓国(40位)と日本(82位)が続きます。
東アジアの世界ランキング下落の背景には何があるのでしょうか?その理由の1つには、暗号資産分野、特にマイニングに対する最近の中国の規制強化が考えられます。中国は以前から世界最大の暗号資産マイニング国でしたが、昨年、中国政府は国内からのマイニングを禁止し、取引に対する取り締まりも強化しました。
一方で中国は、デジタル人民元という世界初のブロックチェーン版の中央銀行デジタル通貨(CBDC:Central Bank Digital Currency)を開始しようとしています。現在、デジタル人民元は実証実験が行われており、広く展開されるのは、2022年の北京冬季オリンピック時になると予想されています。ここからは、こうしたトレンドについて精査し、東アジアにおける暗号資産の利用を促進しうる要素について分析していきます。
東アジアでの暗号資産の普及に影響する要素とは?
東アジアでは、規模も、好まれるサービスの種類も、各国で異なります。
中国はこの地域最大の市場で、2020年7月から2021年6月の間に2,560億ドルの暗号資産を受け取り、そのうちの49%がDeFiプロトコルに対するものでした。香港ではDeFiの割合が若干高く、受信する597億ドルの暗号資産の55%がDeFiプロトコルに対するものです。
しかし、東アジア地域の注目すべき他の2つの市場(韓国、日本)においては、DeFiの取引量はかなり少ない状況です。韓国が受信した1,500億ドルの暗号資産のうち、DeFiプロトコルに対するものはわずか15%でした。一方日本では、この割合が32%に上昇しました。こうした傾向は、各国が好む暗号資産の種類と関係があります。
イーサリアムとwETHは、韓国の暗号資産取引量の21%、日本の取引量の28%を占めていますが、中国と香港ではともに取引量の38%を占めています。イーサリアムとwETHはDeFi取引の主要な暗号資産であるため、その差が顕著になったものと推測されます。
5月に公開されたCoinTelegraphの記事によると、DeFiが韓国で普及しなかったのは、同国の暗号資産市場の特異性が原因だとしています。韓国で暗号資産のレンディングおよびステーキングサービスを提供するDelioのグローバルマーケティング責任者であるOleg Smagin氏は、この現象を同記事内で次のように説明しています。「2019年はDeFiが世界中で広く普及する転換点でしたが、韓国ではほとんど認識されていませんでした。その主な理由は、韓国の個人投資家のほとんどが海外の暗号資産サービスを使用した経験がなく、ステーブルコインの普及率が低かったためです」。一方、日本では、DeFiに対する規制がほとんどないことが、普及が遅れている要因だと考えられます。
それでも、中国を筆頭とする東アジアの全体的な普及傾向により、いくつかのDeFiプラットフォームが同地域で高い人気を誇るようになりました。
中央集権型取引所のHuobiが、取引量ベースでは依然として東アジア最大のサービスですが、DeFiプロトコルのUniswapとdydxが2位と3位に入っています。
中国ではマイニングの減少で流動性も減少
中国は、以前から暗号資産のマイニングで高いシェアを維持していました。かつては、中国を拠点とするマイニング処理が、ビットコインの世界全体のハッシュレート(ビットコインのマイニングに使われる計算力の指標)の65%を占めていた時期もあり、中国およびアジア全体で暗号資産サービスの流動性を高める原動力になっていました。
しかし、暗号資産のマイニングでトップとしての中国の地位は、2021年5月に中国共産党(CCP)が金融の安定と環境への影響に関する懸念を理由に、暗号資産のマイニングと取引の取り締まり強化を発表したことで大きく変わりました。CCPが暗号資産を規制する方針をとったのはこれが初めてではありませんが、これまでの施策では取引所やその他の暗号資産ビジネスを国外に退けるだけで、トレーダーやマイナーはまだ活動が可能でした。2021年5月の規制強化以降、ビットコインの全体的なハッシュレートは50%以上低下し、その後少し回復しましたが、以前のピークを下回った状態が続いています。
ブロックチェーン分析によって、どのマイニングプールが特に大きな打撃を受けたかが分かります。以下のグラフは、規制強化が始まるまでの数カ月間とその直後における6つの大規模なマイニングプールでマイニングされたビットコインの推移を示しています。
中国を主な拠点とするAntPool、Poolin、BTC.top、F2 Poolは急激に減少していますが、チェコ共和国を拠点とするSlushPoolに大きな変化はありません。
以下のインデックスチャートでは、分析対象を世界の上位20のマイニングプールに拡大し、中国を拠点とするすべてのマイニングプールと中国以外の場所を拠点とするマイニングプールで、相対的な成長と縮小を比較しました。
今年の初めから、上位20のうち中国以外の国を拠点とするマイニングプールでは、マイニング収入が倍以上に増えている一方、中国を拠点とするプールでは、マイニング収入が約50%減少しています。それでも、中国を拠点とするマイニングプールは、他のマイニングプールよりもはるかに多くのビットコインをマイニングしており、トップ20のうち14は中国を拠点としています。しかし、中国以外のマイニングプールでは収益が増えている一方で、中国のマイニングプールの収益は大幅に減少しています。
中国を拠点とするマイニングプールは、以前から、新しくマイニングした暗号資産の送金先となるサービスにとって重要な流動性の源であり、一般的な傾向として中国や東アジアで人気があります。これらのサービスの多くが、本来受けていたはずの暗号資産を受け取れていないことは、中国のマイニング規制による大きな打撃です。以下のグラフは、規制強化を発表した翌月である2021年6月に、マイニングプールから受け取ったビットコインで資産の減少幅が大きかった上位20のサービスを示しています。
最も打撃を受けたのはBinanceで、マイナーから受け取ったビットコインが2億ドル以上下落し、次にHuobi、FTX、Genesisと続きます。特にHuobiは東アジアで非常に人気があり、これらの流動性の喪失が、この地域における活動の低下に影響していると考えられます。
もちろん、中国の暗号資産市場における規制強化の影響を受けたのはマイニングだけではありません。政府は、その他の措置も講じており、国営メディアで暗号資産に反対するキャンペーンを実施したり、暗号資産関連のアプリに対し公式の警告メッセージを発したりしており、ソーシャルメディア企業に、暗号資産関連のコンテンツを制限するよう圧力をかける可能性もあります。これらも、中国における暗号資産活動の減少の要因になっています。
なぜ中国はデジタル人民元を推進しているのか
2020年4月、中国はデジタル人民元の実験を開始し、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を発行した最初の政府の1つとなりました。デジタル人民元のようなCBDCは、政府が発行するブロックチェーンベース版の国家通貨です。従来の暗号資産の多くと同様、通貨のブロックチェーンがあらゆる取引において永久で不変的な台帳として機能するため、CBDCは、市民の全体的な消費傾向についてより高い透明性を提供します。
中国は、国有銀行や、WeChat Pay、Alipayといったデジタル決済アプリを通じてデジタル人民元を展開していますが、これらのアプリは、中国国内においては、欧米のものよりもはるかに広く利用されています。現在、デジタル人民元の実証実験が進行中ですが、2022年の北京冬季オリンピックでは、訪中選手にデジタル人民元が発行されることが予想されており、中国政府が新しいCBDCを世界に向けて発表する機会になると多くの人が指摘しています。2021年7月時点で、この実証実験のユーザーは2,000万件以上のデジタル人民元ウォレットを作成し、新しいCBDCで50億ドル以上の取引を行っています。
特に、米国の経済的なライバルであり権威主義体制をとる現在の中国がCBDCを導入した場合には、国内政策と外交政策の両方に広範な影響を及ぼします。暗号資産投資会社Primitive Venturesの創業者で、アジアの暗号資産市場の専門家でもあるDovey Wan氏に話を聞き、中国共産党がデジタル人民元で達成したいと考えていることについて尋ねました。
Wan氏は、2つの重要な目標について説明しました。1つ目は、経済をより細かくコントロールするという、比較的穏やかなものです。現在すべての国で採用されている部分準備銀行制度の下では、中央銀行は金利の改定など、間接的にしか経済に影響を与えることができません。通貨供給がすべてCBDCの形で存在し、すべての取引が一つの中央台帳に記録されている場合、中央銀行は資金の流れをより細かくコントロールできます。
「金融政策がプログラム可能になるのです」とWan氏は言います。「たとえば、政府が株式市場の過熱を抑えたいと考える場合、数行のプログラムを書けば株式市場への資金の流入を阻止することができます」。さらにWan氏は、現在一般的なモバイル決済アプリよりも、デジタル人民元は高齢者が使いやすいようになっていることを指摘し、CBDCがサードパーティーによる決済の必要性をなくすことで、小売業者にとって取引価格がより安くなる可能性があると述べました。
しかし中国共産党の手にかかれば、政府が所有する集約的な国民の取引台帳が、金融監視のツールになることは容易に想像がつきます。現在の銀行システムの下では、中国国民は金融面でのプライバシーを確保できていませんが、デジタル人民元が導入されれば、政府はいかなる違反行為に対しても、個人や企業を金融システムから排除することができるようになります。中国共産党がこの能力を使うかどうか、あるいはどの程度使うかはわかりませんが、デジタル人民元制度の下では「金融の死刑判決」が下される可能性があるでしょう。
また、デジタル人民元を研究し、2021年1月にこのプロジェクトに関する報告書を発表した、新アメリカ安全保障センター(CNAS)の非常勤シニアフェローであるYaya Fanusie氏にも話を聞きました。Fanusie氏は、デジタル人民元が権威主義の道具になり得ることには概ね同意しましたが、中国共産党が持つ、国民のデータをできるだけ多く収集したいという広い願望のなかで、デジタル人民元が果たす役割をより強調しています。
「政府がすべての国民の取引記録にアクセスできる集中型データベースは、これまで存在しませんでした」とFanusie氏は言います。「確かに、中国はモバイル決済アプリにそのデータを要求することができますが、それには時間がかかりますし、時には反発されることもあります」。またFanusie氏は、デジタル人民元によって生成される金融データを、中国の社会的信用システムに組み込まれている他の種類のデータと組み合わせる方法についても説明しました。「中国共産党は最近、国の制度に基づいた学校に子どもを通わせないモンゴルの家庭をブラックリストに載せるという通達を出しました。デジタル人民元があれば、政府は金融データとそのようなリストを組み合わせることができるのです」
Fanusie氏は、中国共産党がすでにデジタル人民元を使って政府の腐敗を監視する意向を表明していることに触れました。妥当な目標ではありますが、こうした金融監視機能が一般市民に向けられる可能性があることは容易に想像できます。
デジタル人民元は米ドルの脅威となるか?
中国が米ドルとSWIFT取引システムへの依存度を下げるために、デジタル人民元の国際的な利用を促進するつもりではないかと多くの人が推測しています。実際、国有企業である中国グローバルテレビジョンネットワークが公開したビデオでは、制裁措置を回避し、世界貿易に対する米国の影響力を低下させる方法として、デジタル人民元を推進するという内容でした。
Yaya Fanusie氏に、デジタル人民元を米ドルに対する脅威と見なすかどうかを尋ねました。彼は、中国共産党が中国国外でのデジタル人民元の利用を促進するまでにはしばらく時間がかかると考えており、短期的にはその可能性は低いと述べています。しかし長期的には、デジタル人民元や他の国が将来導入するCBDCが、世界の金融システムにおけるドルの地位を低下させる可能性があると考えています。「中国は、他の国とも、CBDC同士の交換を可能にするような取り決めをするのではないでしょうか。CBDCのアトミックスワップと考えてください」。このような取り決めの下では、中国の誰かがマレーシアの誰かにデジタル人民元を送ると、その間に自動的に通貨交換が行われ、マレーシアのユーザーは自国の通貨に触れることなく、デジタルマレーシアリンギットを受け取ることができます。
このような取引は、SWIFTシステムに依存しません。それが当たり前になれば、米国以外の国の人が米ドルを持つ必要はなくなるでしょう。「これは2022年のリスクではなく、おそらく2032年以降のリスクだと思われます」とFanusie氏は言います。
また長期的には、デジタル人民元は、米国が遅れをとる恐れのある大規模なデータ運用戦争の一環となると、Fanusie氏は見ています。「これまでのところ、フィンテックに関しては、米国よりも中国の方が革新的であると言われています。ブロックチェーン技術でも同じことが起きた場合、米国経済はデータ駆動型の次のイノベーションの波に乗り遅れるリスクがあります」。今日、これらのイノベーションが具体的にどのようなものになるかを想像することは難しいですが、CBDCが生成する大量のデータや、政府がそのデータを使って経済をより効率的に管理することを考えると、それらのイノベーションは非常に重要なものになるでしょう。
しかしFanusie氏は、このリスクを軽減するために、米国の政策立案者が単に独自のCBDCを作るべきとは考えていません。CBDCプロジェクトを排除すべきではないものの、米国はデジタルドルの先を考え、ブロックチェーン、フィンテック、金融政策のイノベーションを全面的に推進する必要があると考えています。
「米国の連邦準備制度は革新的です。他国の中央銀行とは異なり、米国には100年以上にわたって中央銀行に抵抗してきた特質と歴史的経験があるからです」とFanusie氏は述べています。つまり、イノベーションは他国の事例を参考にするのではなく有機的に展開する必要があると考えているのです。Fanusie氏は、そのようなイノベーションを促進する方法として、米国が大学と提携して、ブロックチェーンプロジェクトを開発するためのサンドボックスを作ることを提案しています。「そうやって米国はインターネットの発展をリードしてきたのです。大学に対して、軍が使用できるコンピュータネットワークシステムを作るようにという指示がありました。このインフラは、その後より広範に民間で活用され、ビジネスに革新をもたらしました」
ひとつはっきりしているのは、中国はデジタル人民元を開発して、当面は国内で使用し、将来的には国際的に使用しようと意図していることです。このプロジェクトの短期的な目標は、金融政策の改善と中国国民の金融監視ですが、長期的には他のCBDCとともにデジタル人民元を普及させることであり、それは世界の準備通貨である米ドルの地位を危うくする可能性があります。このプロジェクトや類似のデジタルドルの立ち上げに対する米国のいかなる対応においても、金融データの問題を考慮し、国民のプライバシーを尊重しつつ、より強い経済を構築し、経済競争における国の地位を維持するために、どのようにデータを利用できるかを検討する必要があります。